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TBI2016参戦記 DAY3
(注:本記事では、会場やルートの雰囲気をお伝えするために、SSER公式ブログより写真を何点かお借りしています)

■5/1(日) DAY-3
TOTAL 547.43km  DIRT 185.85km


今日も三時間ほどの睡眠の後、五時にiPhoneのアラームが鳴る。走行距離、ダート率共に、過去最大だというDAY3がはじまった。今日がヤマ場だ…。いや、毎日がヤマ場みたいなものだけれど。

隣のテントから、なおとくんとめぐちゃんの話し声が聞こえる。夫婦でこのハードなTBIに参戦して、ともにここまでエスケープすることもなく走り続けている二人の朗らかな笑い声を聞くと、なんだかこちらも元気になる。

前日は、暗いテントの中でコンタクトレンズを装着したから、マークがみえ辛くて苦労した。テントのファスナーを開け、レンズを太陽の光に透かしてみたところ、あまり苦労することなくマークを見つけられ、昨日より手早く装着することができた。

二日目になり、朝の短い時間にやることがわかってきたので、昨日より少し手際が良くなった。

ウエアに着替えて、テントや寝袋を畳み、荷物をまとめ、オフィシャルにあずけるバッグ1を運びながら、その足で食器を持って朝食会場に向かう。ご飯を食べて食器を洗ったら、もう一つのバッグにその食器とサンダルを入れて、ブーツに履き替える。ミサイルファクトリーサポートカーにバッグ2を運び、テント跡地、つまりヘルメットやウエストバッグ等が置いてある場所に戻る途中でトイレを済ませ、ガムテープとペンを用意してブリーフィングに備える。

オフィシャルのトラックに、DAY-2までのリザルトが貼られていた。


【クリックで拡大します】

■DAY1までのリザルト
SS-1 30位  DAY-1のみの順位 30位 DAY-1までの総合 30位
■DAY2までのリザルト
SS-2 31位 SS-3 24位 DAY-2のみの順位 24位 DAY-2までの総合 24位

朝一番のSS-2の順位はやはり自分の実感通りまったくぱっとしない成績だったが、ナイトランのSS-3と、総合での順位は少し上がった。まずは、これでいい。SSを早く駆け抜けること以上に、コマ図を追ってひたすらに走り続け、CP/SS不通過ペナルティーを受けないことが大事だ。一時間ものペナルティーを受けてしまっては、どんなにSSで頑張ったところで、到底それを取り返すことはできないのだから。

一日目にCP/SS不通過ペナルティーを受けたのは三台だけだったが、二日目にして、早くも十数台ものエントラントがCP2やSS-3の開設時間に間に合わなかったりキャンセルしたりして不通過ペナルティーを受けていることが、このラリーの過酷さを物語っている。

今回のTBIでは、エマージェンシー封筒の開封および、エマージェンシーマップを利用してCPやSS間をショートカットすることについてはペナルティーを課さないという、ラリーの根底を覆すようなルールが適用されているのだが、TBIという過酷なラリーに真摯に取り組むエントラントには、緊急時を除いては敢えてそんなことをする人はいなかったはずだ。

(注:ただし、アドベンチャークラスやビッグオフでのエントラントについては、今回の全ルートの走破は物理的に無理があったので、この特別ルールをうまく利用してCP/SSを通過して完走するのも、それはそれでOKだったのだと思います)

それでも、この日の朝のブリーフィングでは、ヤマテツさん自らが「今日のルートは過酷だから、どうしても辛いと思ったら、どうかエマージェンシー封筒を開けてください」と敢えて言ったのにはちょっと驚いた。ラリーの主催者がエマージェンシー封筒の開封を推奨するような発言をすることには違和感があったが、それだけこの日のルート設定が厳しく、エントラントの身を案じてそう言わざるを得なかった、ということなのだろう。

この朝のブリーフィングではまた、エントラントを喜ばせる発表があった。「今夜は布団で寝れます」。小さな歓声があがった。もっとも過酷なルートを走る日だからこそ、ビバーク到着後に、テントを張らずに布団で眠れるというのは、本当に嬉しいお知らせだ。

06:45 パルクフェルメ解放


07:00 定刻通りにスタート。スタート順は24位+アドベンチャークラス2台なので、26番目、およそ13分後。

スタートしてしばらく行くと、ほどなくSS-4にたどりつく。
相変わらず、朝のSSはいまひとつ調子が出ない。たぶん、いや間違いなく、リエゾンでなおとくんや小川さんらを見つけて後ろをついて走っているときの方が速く走れている。一人で走るときには、自分で走りやすいラインや出せるスピードの限界値を探らなければいけないが、速い人の後をついて走るときには、前の人のライン・速度を見て、僕も行けるだろうという判断でアクセルを開けていけるからだ。その時に出せたスピードを、一人で走っている時でも出せるようにならなければ、SSを速く走ることはできないんだな。

ともあれ、朝のSSを済ませると気持ちがほっとする。夜のSSまでは、ひたすらコマ図ツーリングを楽しめば良いのだ。天気は良く、気持ちよい日差しの中を順調に走って行くと…なおとくんが停まっているのを見つけた。クネクネ舗装路でのスリップダウン。僕が初日にやらかしたやつだ。マシンも人間もダメージはなかったようなので、一声掛けてからそのまま先に進んだ。

それからしばらく走ると、アドベンチャークラスで参加のVanVan50木の実号が停まっていた。ミサイル小川さんがなにやら難しい顔をしてバイクをいじっている。どうもエンジントラブルらしい。

さて、ここで「小川さんが木の実さんのバイクを整備している」ことについてルール的にはどうなっているかというと、結論を先に言えばこれは全く問題の無い行為だ。

選手間のアシスタンスについて、安全が確保できない等緊急の場合及びオフィシャルの指示による場合以外は以下の行為を禁止する。
○コース上でのバイクによるバイクのけん引。
○他の選手によるエンジン始動。
○他の選手がバイクにまたがること。
コース上で(SCPを出てGCPに入るまでの間)これらに反した場合、アシストを受けた選手を失格とする。


サポートカーのメンバーが選手の整備を手伝えるのはビバークのピットエリアにいるときだけで、ルートにいる選手の整備を手伝うとペナルティー(失格)になるが、選手である小川さんがほかの選手のエンジンを整備するのは、ルール上で認められた選手間のアシスタンス行為になるのでOKというわけだ。ただし、修理中や修理完了後に、バイクにまたがってエンジン始動を試みる行為は、そのバイクのライダー本人がやらなければいけない、ということになる。

残念ながらその後、VanVanのエンジンは息を吹き返すことは無く、無念のリタイヤとなってしまったそうだ。


寝不足のはずだが、太陽の光を浴びて走っていると元気になる。三日目ともなると、次第にバイクと自分がなじんでくるのが実感できる。何本目かの林道で、見覚えのあるKTMに抜かれた…NACさんだ。これは走り方を学ばせてもらおうと思い、一生懸命後ろについて走った。


NACさんラリーのリエゾンのスピード、ライン取りを教えていただき、ありがとうございました。

お昼ご飯はこの日も補給食だけで済ませ、先を急ぐ。

14時過ぎに、カメラマークのあるビューポイントに到着。
とにかく先を急ぎたい気持ちもあるけれど、せっかくだから…と思い、停まって写真を撮ることにした。


そこに、おーたきさん、なおとくん、まるちゃんがやってきた。

せっかくだから、しばらくなおとくん、まるちゃんについて走ってみることにした。と思ったら、どっかの分岐でなおとくんが間違えて消えた…。

ガソリンスタンドに先について給油していたら、しばらくしてまるちゃんとおーたきさんが追いついて来た。
なおとくんあそこで分岐間違えて、どっか行っちゃったよね。まー待ってなくても大丈夫でしょ、なおとくんだから(笑)。
…いや、非情なわけではなく、コマ図ラリーとはそういうものなのだ。

その後、しばらくおーたきさんについて走ってみることにした。お互い、消えても気にしないというお約束。あくまでコマ図ラリーだからね。おーたきさんは流して走っているだけというが、速い速い。ついていくのが必死だ。

林道の出口付近で、ターンした際に妙にリアが流れる感触があって、転倒した。そこで先行するおーたきさんとはさようなら。今の感じは何だったんだろうと思いながら、林道を出て、舗装路を走り出した。走れるけど、なんか違和感が…。CP2まであと数キロというところなのに、リアタイヤがパンクしていた。

ここで修理すべきか。いや。CP2を確実に、開設時間内に通過してから、ゆっくり落ち着いて修理をするほうがいい。こんな時のためにタイヤをMT21にしたのだから。ピレリMT21というタイヤは、リアがパンクしていても、コーナーを曲がる際の挙動にちょっと注意すればそれなりに走れるのだ。

数キロ我慢して走り、17:40頃に無事に350km地点のCP2を通過。その先の広場でチューブ交換を行うことにした。

タイヤに新しいチューブを入れ終わったころに、時間は18時を過ぎていて、ゴールまではまだ残り200kmもあるんだなと思った。修理を終え、再スタートしてしばらくしたら暗くなる。ビバーク到着は何時になるだろう?日付は変わってしまうだろうな…。そんなことを考えていたら、そこに、ミサイル小川さんとなおとくんがやってきた。

「ここからは本当に大変だから、三人で一緒に走りましょう」という小川さんの言葉が本当にありがたかった。

小川さんやなおとくんに前を引っ張ってもらうと、ひとりの時より二割増くらいで速く走れる。夜の林道の分岐も、三人の目でコマ図を確認しているので安心感がある。

竹薮の中の林道を走っている際に、突然後ろを走るなおとくんのライトが消えた。どうやら、転んだらしい。何度もクラクションをならして小川さんに合図したのに、全然停まってくれない。仕方ないので、舗装路に出るまでそのまま走り続けた。そこで小川さんに聞いたら、なんかファン、ファンって変な音がする気がしたけど、怖いから聞こえないふりしてたそうだ(笑)。僕自身はなにも聞いていないのだけれど、TBIで四国の路を走っていると、昼夜問わずに「何かの声」が聞こえることがよくあるのだそうだ。寝不足による自律神経の異常で幻聴が聴こえるのか、いや、それとも…?


この日最後の給油をすませるが、ゴールはまだまだ先だ。

先頭を走っていたなおとくんが思わず「長っ!!!」と叫んでしまうほどに長く真っ暗で分岐が複雑な林道を抜け、小休止していたところで、後続から5台のグループがやってきた。そこに来た人に聞いたところ、CP2を通過した直後からはエマージェンシーマップを見てショートカットでSS-5を目指した人や、SS-5をキャンセルしてビバークに向かった人が多数いて、すべてをオンコースで走っている人はあまりいないそうだ。先に通過しているトップグループと、ここにいる8台と、後方にあと数台といったところか。

しかし、僕らはこの四国にラリーをしに来たんだ。ショートカットはしたくない。エマージェンシーマップを見て最短距離でSS-5に直行してもなんらペナルティーはつかないが、それでもすべてコマ図通り、オンルートで走りきろう。そうでなければ、TBIを完走したのだと、胸をはって言えない気がする。これが、その場にいるライダー全員の共通する思い…いや、決意だった。

そこからは、8人のトレインで走った。先頭を走る人が誰だったのか僕にはわからないが、とにかく速かった。ダートも舗装路も、そのスピードでコマ図を見て走れるのか、と驚くようなスピードで駆け抜けて行く。前の人に置いて行かれまいと誰もが必死で走っていくうち、一緒に走っている仲間達との一体感が高まっていった。やがて8台のバイクは、光を放ちながらうねる大きなひとつの生き物のようになった。このときの高揚感を、きっと僕は一生忘れないだろう。

23:56 SS-5まであと数キロの地点の路上で、力つきるように休憩。ここまで来たら、あと少し…。

と思っていたら、SSERのオフィシャルカーがやって来た。こんなところで休んでいないで、すぐにSSに向かってくださいという。ライダーも大変だが、それを待っているスタッフも遅くまで大変なのだ。

さて、肝心のSS-5だが…やらかしてしまった。
CRF250Lには、夜のSSに備えて、相当に明るいライトを備えている。H4型で45W/4500LMの高輝度LEDバルブに、8灯40Wの補助灯の組み合わせは、漆黒の闇を切り裂くように明るく照らしてくれる。
このライトのおかげで、夜のSSは嫌いではないのだが、このときは分岐を一カ所間違えそうになり、しばし停車してコマ図を巻き戻して確認してしまった。実際には間違えていなかったのだが、なにしろここまでオンルートで走ってきて、時刻は24時を過ぎているため、判断力が鈍くなっていたのだろう。この時はSS内で一分近く停まってしまい、結構なロスになってしまった。しかしながら、SS内で迷子になってしまうこと、それによる大幅なロスタイムを考えたら、結果的にはそれで良かったのだろう。

もしかしたら、SSを出たところにさっきの仲間達がいたりして、などとも思ったが、さすがにそれはなかった。みんなで共有した時間の楽しさを思い出しながら、ひとつずつ確実にコマ図を見て、ビバークを目指す。

やがて547kmを走りきってようやくこの日のビバークにたどりついた頃には、すでに午前一時を回っていた。

すぐにでも眠り支度に入りたいところだが、3日目の夜というのは、整備にも一番時間がかかる日なのだ。
僕ごときの走りなら、MT21のようにライフの長いタイヤであれば、もしかしたら交換しないで最後の日まで走りきれるかも…と思っていたのだが、読みが甘かった。三日間、四国のダートと舗装路を1450kmほど走ったリアタイヤは、すっかり摩耗していた。


先に次の日のマップを巻いてから、タイヤ交換に取りかかった。持参した工具は、走行中のパンク修理を目的としていたため、タイヤレバーがかなり短いものだった。片側のビードをめくってチューブを入れ替えるには十分なのだが、タイヤを完全に外した後、このレバーでは新しいタイヤをなかなかうまく入れられない。事前練習したはずだったのだが、なかなかうまくいかない。ビードクリームがない…長いレバーが欲しい…などと、周囲に泣き言をいってしまう精神状態。やっと交換して、コンプレサーでエアを入れ、車体にとりつけたものの…空気圧を調整しようとしたら、ビードをあげるためにパンパンにいれたはずのエア圧がすでにずいぶん下がっている。レバーでチューブを噛んで、スローパンクしていたのだ。

この時点でもう三時になっていて、ミサイルチームのピットに残っていたのは僕とシラスくんと、あと1〜2名くらいだっただろうか。ミサイルファクトリーのサポートカー体制は、ライダーの依頼を丸投げですべてメカニックがやってくれるようなものではない。サポートは荷物を運び、整備スペースや道具を用意してくれるけれど、あくまで基本的にはライダーが自分で整備をして、どうしても無理な場合などには、補助的にサポートメカニックが手伝ってくれる、という体制だ。そもそも、サポートカーが認められていなかった時代は、ピットに於ける整備もすべてライダー自身がやるのがルールだったのだ。小川さんやトシヨシさん、なおとくんなどは、ちゃんとすべての整備を自分でこなしていた(さらにはパートナー分の整備まで…)。

しかしこの日、僕はここでもう、無理だ、限界だと思ってしまった。この時間からチューブ交換をしても、もう一度穴をあけてしまう気がする。シラスくんに、少しでも寝かせてほしい…と泣きついて、チューブ交換を依頼してしまった。厳しいラリーでは極限状態に追い込まれるから、その人の本性が出るらしい。僕は、ここで「甘え」という本性が出てしまったのだ。もし、サポートが認められない時代のルールなら、ここで失格だ。シラスくんには本当に、足を向けて寝れないほど感謝すると同時に、今回のラリーの中で、もっとも自分が不甲斐なく、情けなく、かっこわるいと思った出来事だった。とてもラリーストを名乗ることなんて出来ないな。

シラスくんに後のことを頼んで、晩ご飯も食べられずシャワーも浴びれずに、ウエアを脱ぎ捨てて布団にもぐりこみ寝たのが三時半。テントを畳まなくていいから、五時半まで眠れるのかな。長い長い、ほんとに長い一日だった。あと二時間後にはまた、次の長い一日がはじまる。



JUGEMテーマ:車/バイク
| オフロードバイク ラリー | 19:51 | comments(2) | trackbacks(0) | ↑TOP
まずはおつかれさまでした、そして入賞おめでとうございます!

食事も睡眠もそこそこに、バイクと向き合い走り続ける6日間、本当に過酷、まさに非日常ですね。

ラリーをしに来たのだから、オンルートで走り切ろうっていう意気込みに感動しました。
途中途中の細かな感情が伝わってくるようで(もちろん、走った人にしかわからないものだとは思いますが)、次は何が起きるのか、ドキドキしながら読んでおります。

| kame | 2016/05/13 12:56 AM |
かめちゃん
コメントありがとうございます。最後までオンルートで走りきりました。辛く長く、でもまた走りたくなる不思議なラリーでした。
来年は、一緒に如何ですか?きっとなにものにもかえがたい経験になりますよ。
| masato/がべじん | 2016/05/17 11:22 PM |
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